壽々の雑記帳

観劇のコメントや日々の出来事・時事問題などについて綴ります。

劇団四季の『ジーザス・クライスト=スーパースター』は凄かった!!!

今日は、壽々(じゅじゅ)です。


昨日は、猛暑の中、先々日の疲れも抜け
きらない状態で、愛知県芸術劇場大ホー
ルに、劇団四季『ジーザス・クライスト
=スーパースター』[エルサレム・バー
ジョン]愛知公演を観劇に行ってきまし
た。


ところで、東海道新幹線が昨日は、名古
屋ー浜松間で終日運休になったみたいで
すね。


観劇遠征の日でなくて、本当に良かった
と思います。


このように、観劇遠征組は、交通費や時
間の負担だけでなく、いつ、新幹線が止
まるかのストレスにさらされています。


劇場近くに住んでいる人が、つくづく、
羨ましいです。


さて、公演プログラムにストーリーが載
っていないので、公式HPからストーリー
です。


※なお、この記事は、劇団四季の『ジー
 ザス・クライスト=スーパースター』
 を一度も観たことがないという人を念
 頭に書いています。


 「ジーザス・クライスト」は、「イエ
 ス・キリスト」の英語読みです。


 また、「キリスト」は、名前ではなく、
 「救世主」という意味です。
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この作品は、イエス・キリスト(ジーザ
ス・クライスト)が十字架にかけられる
までの最後の7日間を描いたミュージカル
である。


今からおよそ2000年前、ローマ帝国領の
パレスチナに一人の青年が現れた。


大工の息子ジーザスは、人々に新しい教
えをとき、数々の奇跡を起こしていると
いう。 圧政に苦しんでいた民衆たちは、
たちまちジーザスの言葉に耳を傾けるよ
うになり、彼こそ「救い主」「神の子」
と讃える。


弟子の一人、イスカリオテのユダにとっ
てジーザスは「神の子」ではなかった。
ジーザスを愛するユダには「全て御心の
まま」という師の真意が理解できない。
マグダラのマリアもまたジーザスを愛し
ていた。
彼女は、かげりの無い、純粋で献身的な
愛をジーザスに注ぐ。
ジーザスが「ただの人」だと露見したと
き、人々はそれを許すはずが無い。 彼ら
の怒りによってジーザスは押しつぶされ
てしまうだろう。 そう予感していたユダ
は、師ジーザスを裏切る決心をする。


「あなたを誰かが追い詰めるなら、私が
やる」


弟子たちとの最後の食事でジーザスはこ
の中に裏切り者がいると指摘する。
動揺する弟子たちをよそに、ジーザスは
独りゲッセマネの園で父なる神に問いか
ける。


「私はあなたの心が知りたい、この目で
あなたが見たい」


銀貨30枚と引き替えにユダは師の居場所
を教え、ついにジーザスは捕らえられた。
支配者たちの間をたらい回しにされ、侮
辱・嘲笑されながら抵抗しないジーザス。
いま、あまりにも無力に見える彼の姿に
民衆は失望し、叫びつづける。


「彼を殺せ、十字架にかけろ」


ユダ、マリア、シモンやペテロといった
弟子たち、ユダヤ教の司教、ローマ帝国
総督、そして民衆。
人々の思いが交錯する中、ジーザスは十
字架に向かって進んでゆく…。
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久し振りに、良質なミュージカルを観た
という感じがしました。


と書くと「宝塚ファン」の反感を買いそ
うですが、宝塚歌劇団には宝塚歌劇団の、
劇団四季には劇団四季の、それぞれの良
さがあると思います。


ただ、私にとっては、劇団四季歴は約40
年。宝塚歌劇団は10年ですから、この差
は埋めようもありません。


最初に、この『ジーザス・クライスト=
スーパースター』を観たのは、映画版で
した。


当時、話題になったストーリーとロック
音楽でのミュージカルに衝撃を受けたの
を、今でも覚えています。


そして、劇団四季でこの『ジーザス・ク
ライスト=スーパースター』が上演され
ていると聞いて、早速、観に行きました。


アンドリュー・ロイド・ウェバーの素晴
らしい楽曲の数々、劇団四季のメンバー
の歌唱力と演技の素晴らしさは、期待を
裏切らないものでした。


今回も、演出は少し変わったような気が
しますが、やはり、これぞミュージカル
という作品を観たように思います。


席は、例の5階席ではなく、(自分で席を
選べるので)ちょっと出遅れましたが、2
階席下手寄りの席を確保しました。


左に小学生くらいの女の子を連れた人が
いましたが、小学生にこの作品は面白い
ものなのか?


それは、ともかく、この作品は、「神の
子」でもなく「ユダヤの王」でもない、
等身大の「人間」としてのイエスの描い
ています。


舞台は、いたってシンプルで、草1本も
生えてない荒れ地が舞台手前から奥に向
かって急な坂になっているというだけの
ものです。


それが、地面の部分を変えることによっ
て石段(?)やヘロデ王の宮殿(?)内
の場面に変わります。


イエスは、民衆から「神の子」と呼ばれ。
熱狂的な支持を受けて行きます。


ですから、「スーパースター」なのです。


一方の弟子のユダは、そのように「神の
子」と呼ばれるイエスに不安を覚えて、
遂にはイエスを裏切ってしまいます。


そして、マグダラのマリアはイエスに対
して報われない献身的な愛情を注ぎます。


ウィキペディアには、こう書かれていま
す。
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ひとりの人間として神や民衆の狭間で苦
悩する「ジーザス・クライスト」と、そ
の使徒の一人でありながら「裏切り者」
の名を浴びて歴史にその名を刻むことに
なるイスカリオテのユダのふたりに、現
代的な視点から「教団主導者には必須な
はずの計画性に欠け、早すぎた聖者とし
ての名声の上にあぐらをかいて、新しい
方策を見いだすことができないジーザス」
と「ジーザスに対する期待があまりにも
大きすぎたゆえに、やがてそれは大きな
失望となり、ジーザスの存在はローマ支
配下にあるユダヤ人社会を危険にさらす
ものになりかねない、という危惧を抱く
ようになるユダ」という新しい解釈を加
え、その愛憎に満ちた両者の関係に、マ
グダラのマリアとの愛情に満ちたもうひ
とつの関係を絡めて、鮮やかに描き出し
た作品である。
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書き手の主観が入り過ぎの感があります
が、まあ、大体、当を得ているように思
います。


「神」とイエスを真に理解しようとしな
い「民衆」との間で苦悩するイエスと、
イエスを理解しているからこそ、「裏切
り者」の汚名を背負ってまで、ローマの
支配下にあるユダヤ人社会を守ろうとす
るユダの苦悩を描いていて、観る者の心
を揺さぶります。


私の観たミュージカル作品のベスト作品
を選べと言われたら、10位以内には入る
でしょう。


その位、好きなミュージカル作品の一つ
です。


おそらく、今回の観劇が、私にとって、
この作品の最後の観劇になるでしょう。


劇団四季の作品で、まだまだ、観たい作
品は一杯あります。


お楽しみとお金は、それまで取っておき
たいと思います。


ところで、この作品は、「イエス」とは
一体何者だったのか?そして「神」とは
どういう存在なのかを、いつも問い掛け
てきます。


きっと、答えはないのだろうと思います
が……。