壽々の雑記帳

観劇のコメントや日々の出来事・時事問題などについて綴ります。

「幸福追求権」ってなんだ?同性婚訴訟福岡高裁判決(シニア雑記)


今晩は、壽々(じゅじゅ)です。


12月13日に、福岡高裁で同性婚に関する
判決が出ました。


その中で、福岡高裁は、同性婚同士の結
婚を認めない民法などの規定は、憲法14
条1項と24条2項だけでなく、幸福追求権
を保障した憲法13条にも違反するとの初
判断を示しました。


ということで、今回の福岡高裁判決は、
「画期的」だと言われているのですが、
そもそも、「幸福追求権」って何?から
述べてみたいと思います。


まず、憲法の条項を見てみたいと思いま
す。
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第十三条
すべて国民は、個人として尊重される。
生命、自由及び幸福追求に対する国民の
権利
については、公共の福祉に反しない
限り、立法その他の国政の上で、最大の
尊重を必要とする。
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つまり、憲法には「生命」「自由」と同
等の尊重すべき権利として、「幸福追求
権」が定められているのです。


ところが、この「幸福追求権」というの
は、この憲法13条にしか出てきません。


つまり、「幸福追求権」とは、どんな権
利であるのかが明確ではないのです。


したがって、初期の学説は、日本国憲法
に具体的に定められている権利の総称に
すぎないと解する「具体的権利性否定説」
でしたが、現在の学説は、13条に具体的
権利性を認める説「具体的権利性肯定説」
が主流となっています。(ウィキペディ
アより)


例えば、ライフスタイルを自由に決定す
る自己決定権やプライバシーの権利とい
った、個人が自らの幸福を追求するため
に必要な権利として、憲法の条文に明記
されていない「新しい人権」を導く根拠
となってきているのが、この「幸福追求
権」です。


この「幸福追求権」に基づいて、同性婚
を認めない民法などの規定は、違憲とし
たのが、今回の福岡高裁の判決なのです。


その部分の判決内容を見てみましょう。
(かなり長いですが、是非、読んでみて
ください)
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(1) 本件諸規定が憲法13条に違反するか

 について

 婚姻の本質は、両当事者が、互いに相

手を伴侶とし、相互に尊属・卑属の関係

のない対等な立場で、生涯にわたって共

同生活をするために結合し、新たな家族

を創設することにあり、婚姻は、人にと

って重要かつ根源的な営みである。した

がって、両当事者において、婚姻し、こ

れを維持することを希望する場合には、

その希望は最大限に尊重されなければな

らない。

 そして、婚姻をするかどうか、誰を婚

姻の相手として選ぶかについては、完全

に両当事者の自由かつ平等な意思決定に

委ねられるべきものであり、このような

意味での婚姻についての個人の尊厳が保

障されていることは、今日では一般的に

承認されているところ、このような意味

での婚姻の自由は、憲法24条1項だけでは

なく、憲法13条によっても保障されてい

ると解される。

 しかし、婚姻の成立及び維持のために

は、他者からの介入を受けない自由が認

められるだけでは足りず、婚姻が社会か

ら法的な地位を認められ、婚姻に対し法

的な保護が与えられることが不可欠であ

る。したがって、憲法13条は、婚姻をす

るかどうかについての個人の自由を保障

するだけにとどまらず、婚姻の成立及び

維持について法制度による保護を受ける

権利をも認めていると解するべきであり、

このような権利は同条が定める幸福追求

の内実の一つであるといえる。そして、

上記のとおり、婚姻が人にとって重要か

つ根源的な営みであり、尊重されるべき

ものであることに鑑みると、幸福追求権

としての婚姻について法的な保護を受け

る権利は、個人の人格的な生存に欠かす

ことのできない権利であり、裁判上の救

済を受けることができる具体的な権利

あるというべきである。

 そして、性的指向は、出生前又は人生
の初期に決定されるものであって、個々
人が選択できるものではなく、自己の意
思や精神医学的な方法によって変更され
ることはないところ、互いに相手を伴侶
とし、対等な立場で終生的に共同生活を
するために結合し、新たな家族を創設し
たいという幸福追求の願望は、両当事者
が男女である場合と同性である場合とで
何ら変わりがないから、幸福追求権とし
ての婚姻の成立及び維持について法的な
保護を受ける権利は、男女のカップル、
同性のカップルのいずれも等しく有して
いるものと解される。にもかかわらず、
両当事者が同性である場合の婚姻につい
て法制度を設けず、法的な保護を与えな
いことは、異性を婚姻の対象と認識せず、
同性の者を伴侶として選択する者が幸福
を追求する途を閉ざしてしまうことにほ
かならず、配偶者の相続権などの重要な
法律上の効果も与えられないのであって、
その制約の程度は重大である。他方、婚
姻は両当事者の自由な意思に完全に委ね
られており、血縁集団の維持・存続とい
った目的からの介入は一切許されない
とは、憲法24条から明らかである。同様
に、婚姻ないし婚姻制度について宗教的
な立場からの介入が許されないことも、
同項から導かれるところであるほか、憲
法20条の要請するところでもあると解さ
れる。そして、同性愛が疾患ないし障害
であるとの考え方は、既に過去のものと
して排斥されている。そうすると、同性
のカップルによる婚姻を制度として認め
ない根拠となってきた様々な要因は、現
在の我が国においては、憲法に反するも
のとして、あるいは不合理なものとして、
ことごとく退けられているといえ、本件
諸規定による制約の必要性や合理性は見
出し難い。
 したがって、本件諸規定のうち、異性
婚のみを婚姻制度の対象とし、同性のカ
ップルを婚姻制度の対象外としている部
分は、異性を婚姻の対象とすることがで
きず、同性の者を伴侶として選択する者
幸福追求権、すなわち婚姻の成立及び
維持について法制度による保護を受ける
権利に対する侵害であり、憲法13条に違
反するものといわざるを得ない。
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「幸福追求権」というものを、同性婚に
ついて、「具体的権利性肯定説」に基づ
いて、正面から認めたこの福岡高裁が、
いかに画期的であるか、お分かりいただ
けるでしょうか?