妻が宝塚ファンで……。

ミュージカル観劇や日々の時事問題などについて綴ります。

結構面白かった、月組公演『応天の門』感想①

今晩は、壽々(じゅじゅ)です。


昨日は、月組公演『応天の門』『Deep
Sea -海神たちのカルナバル-』を観に、
宝塚大劇場まで遠征してきました。
席は、何と、前から4列目サブセンター
ブロックのSS席。
SS席は、久し振り。雪組公演『夢介千
両みやげ』以来でしょうか?
若干、視力が弱いので双眼鏡で銀橋の
月城かなとさんをガン見していました
が、舞台は良く見えましたー。


今回は、お芝居の方の『応天の門』の方
の感想です。
まずは、いつもの通り、公演プログラム
からストーリーの紹介です。
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 時は平安の初め。藤原北家の筆頭であ
る良房とその養嗣子・基経が朝廷の権力
を掌握しつつあった頃ー。
 京の都では、月の子(ね)の日の夜に
鬼たちが大路を闊歩し、その姿を見た者
を憑り殺すという「百鬼夜行」の噂に人
々が怯えていた。京の治安を守る検非違
使の長・在原業平は、帝の御前でこの怪
事件の早急な解決を約束する。というの
も、業平には頼もしい助っ人の心当たり
があった。それは、先ごろ偶然知り合っ
た風変わりな青年ー学者を多く輩出して
きた菅家の三男で、幼き頃より秀才の誉
れ高い菅原道真である。道真は大学寮で
学ぶ文章生でありながら、凡庸な貴族の
子弟らと学ぶことに意義を見出せず、屋
敷に籠って書を読み耽る日々を過ごして
いた。
 そんなある日、業平から百鬼夜行の捜
査に協力を乞われた道真は、厄介事は御
免とばかりに断ろうとするも、成り行き
で事件の捜査に乗り出すことに。やがて、
唐渡りの品を扱う勝気な女店主・昭姫ら
の協力のもと、真相に近づいていく道真。
だがその背景には、鬼や物の怪の仕業を
装い暗躍する、権力者の欲望が渦巻いて
いた……。
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宝塚のHPの作品紹介と人物相関図から、
「百鬼夜行」の話が中心で、配役から、
「藤原多美子の入内」の話も出て来るの
かと思っていたのですが、どちらかと言
うと「藤原多美子」入内の話がメインで
それに「百鬼夜行」の話を絡ませたとい
ったほうがいいようなストーリーになっ
ていました。
したがって、これから、予習をする方は、
原作の単行本の第7巻まで読めば、十分
かと思います。キャトルレーヴでも売っ
てました。


セリフも含めて、原作のあちこちから、
話を切り取って、それを並べ直して、新
しいストーリーにして、1時間半になんと
か収めた、という感じがします。
したがって、原作を読んでなくても、そ
れなりに付いていけるかと思いますが、
多分、所々、分かりづらいのではないか
という気はします。


また、公演プログラムに用語解説が載っ
ていないので、ちょっと分かりづらい用
語があると思います。例えば、紀長谷雄
が昭姫の店で「双六」で負けて多額の借
財を抱えたという話が出て来るのですが、
この「双六」が「絵双六」ではなく「盤
双六」だということを知らなければ、?
となるだろうと思います。
※「盤双六」については、↓の用語解説
の記事に載せておきました。
そういう意味では、ちょっと不親切です
ね。


それらを抜きにすれば、さすがに芝居の
月組、面白くて楽しめる舞台になってい
ます。


ただ、気になるのは、「藤原多美子の入
内」の話を中心にしてしまったために、
本来なら、原作の藤原氏対反藤原氏の話
になるはずが、藤原氏の内部抗争みたい
な話になってしまいました。
つまり、(藤原良房・基経)対(伴善男
・中庸)であるはずが、(藤原良房・基
経・高子)対(藤原良相・常行・多美子)
みたいな話になっていて、道真が藤原常
行・多美子を助けるみたいな事になって
います。


で、悪いのは、藤原良房・基経であって
(確かにそうなのですが)、応天門の内
にいる鬼(良房・基経)を道真がこれか
ら退治するみたいな終わり方になってい
るのには、ちょっと疑問を感じます。
良房は、太政大臣であって、清和帝の後
見人、基経も参議という重要な職に就い
ています。したがって、その朝廷におけ
る権力は、相当なもので、ですから、在
原業平も道真の父の是喜も藤原氏とは敵
対するのを避けようとするわけです。
それを一介の文章生に過ぎない道真に退
治などできるはずもありません。
ちょっと、ここは、話を盛り過ぎですね。


なお、道真が「鬼退治です」と言う場面
は、原作にも出てきますが、冒頭の第2
話で、「鬼退治」の相手は、藤原良房の
従弟の藤原親嗣で良房にも見放されるよ
うな人物です。だから道真たちにも「鬼
退治」ができたのです。


人物相関図では、「反藤原家」として、
伴善男、伴中庸、源信、源融が載ってい
るのですが、朝議に出席するただの脇役
(「公達」と同じ)で、舞台では、重要
な役割は担っていません。


ところで、舞台では、原作には出てこな
い和歌が出てきましたね。
一応、後ろのスクリーンに文字が映し出
されるのですが、それだけでは、意味が
分からないですよね。
「伊勢物語」に出て来るこの和歌です。


「月やあらぬ春や昔の春ならぬ わが身ひ
とつはもとの身にして」


この和歌の部分の「伊勢物語」の現代語
訳です。
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昔、東の京の五条に、皇太后が(住んで)
いらっしゃった(御殿の)西側に建てられ
た建物に、住む人(=藤原高子)がいた。
その人を、思うように会うこともできな
かったが、愛情が深かった人が、訪れて
いたが、正月の十日ぐらいの頃に、(その
女は)ほかの場所へ(身を)隠してしまった。
(その女の)居場所は聞いたけれど、普通
の身分の人が行き来できるような所でも
なかったので、いっそうつらいと思いな
がら(女を慕い続けて)過ごしていた。
翌年の正月、梅の花盛りの頃に、(男は)
去年(のこと)を思い慕って(女の住んでい
た屋敷へ)行き、立って見、座って見、
見るけれど、去年に似るはずもない。
泣いて、無人となって障子なども取り払
い、がらんとしている板敷の上に、月が
傾くまで身を横たえていて、去年を思い
出して詠んだ。
[月は昔のままの月ではないのか。春は
去年のままの春ではないのか。自分の身
だけは去年のままで、全てはすっかり変
わってしまった。]
と詠んで、夜がほのぼのと明ける頃、泣
きながら帰っていった。
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藤原高子と業平の関係を表す和歌として、
舞台で取り上げたものと思われますが、
あくまでも、原作には出てこない場面で
す。「伊勢物語」そのものがね。信憑性
がないというか……。


②へ続きます。